norehero-19の日記

千葉県の鉄道などについて記します。

幻の船橋鉄道を探る①~高根町

1.幻の船橋鉄道

船橋鉄道」は大正時代(1912年)、総武本線船橋駅常磐線柏駅を結ぼうと計画された鉄道です。実際に工事されましたが、社内の混乱や資金不足によって完成しないまま免許が失効してしまった「未成線」です。

船橋~柏間は現在、東武野田線が通っていますが、東武野田線が開業する10年前に計画された鉄道です。
船橋鉄道は東武野田線とは異なり、現在の北総線白井駅附近を経由するルートで計画されていました。

今回はそんな船橋鉄道の痕跡を地図や航空写真から探っていきたいと思います。

2.船橋鉄道のルート

船橋鉄道は当初、船橋駅より八栄村・鎌ケ谷村・風早村・土村・千代田村を経て豊四季村(柏駅)に至るルートを、13マイル10チェーン(約21.1km)にて申請しています。

しかし、1914年にこの案を八栄村から豊富村・白井村・風早村・千代田村を経て豊四季村に至るルートへ14マイル64チェーン(約23.8km)に距離を伸ばして変更。

当初案は東武野田線に近く、変更案はより白井よりになった形です。ちなみに東武野田線船橋~柏間は約19.6kmです。


下図は地理院地図 / GSI Maps|国土地理院を加工して作成した、船橋鉄道のおおよそのルートを示すものです。

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地理院地図を加工して作成

船橋鉄道計画時、東葛人車鉄道は存在しましたが、東武野田線は未開通です。
東葛人車鉄道の営業範囲を脅かさないように考案したのかもしれません。
なお、申請案(13マイル10チェーン)のルートはざっくり、変更案(14マイル64チェーン)は遺構の残る箇所を元にして引いています。

3.遺構を探す

航空写真に残っているのは変更後のルートです。
実際にどこまで工事されたのかについて、1915年上半期営業報告書には以下のように述べられています。

八栄村高根より漸次北方に向って進行し目下白井村富ヶ沢に移らん

つまり、1915年時点では現在の船橋市高根町から北上し、白井市復に差し掛かろうとしている所まで工事をしていた状態です。


さっそく、まずは工事開始地点の高根町から。遺構を矢印で明示。
なお、以後はすべて船橋側を起点・柏側を終点として記述します。

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1948年(USA-M871-97)国土地理院「地図・航空写真閲覧サービス」の画像データを加工。

写真の南西側が船橋駅。まだ県道8号線(船取県道)は未開通です。

宮前川に北東方面に向かう築堤(左下矢印)と掘割が残っています。また、北側の緑台側にも高根川に対する築堤(上の矢印)がみえます。

船橋鉄道の遺構は航空写真の時点で免許失効から30年以上が経過しているため、全体的に切土工事で造成された箇所が写っています。

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今昔マップを加工

旧版地図でも築堤が描かれています。しかしながら、現在は築堤があった場所のど真ん中に船取線が伸びているため、全く残っていません。


ちなみに、船橋駅周辺は土地の見当がついていただけで工事はされなかったようです。
夏見と米ヶ崎を通るルートなので、船橋駅東武野田線とは逆に東側に出て、すぐ左カーブ、海老川を渡って北東の高根へ直進…
もし完成している世界線ならば、夏見駅(船橋中央駅)ができて東葉高速鉄道との乗換駅となっていたかもしれません。
船橋駅周辺は幻の船橋鉄道を探る⑥~船橋駅と柏駅 - norehero-19の日記で。



次回は緑台から金杉まで。
幻の船橋鉄道を探る②~緑台・金杉 - norehero-19の日記