norehero-19の日記

千葉県の鉄道などについて記します。

鉄道連隊演習線に繋がるアヤシイ路線の話⑤

千葉陸軍兵器補給廠専用線について、以前に記事を公開してからさらに分かったことを紹介します。
ただ、何か新しいことが分かった訳ではないので、ただの補足のようなもの。

以前の記事は⇒鉄道連隊演習線に繋がるアヤシイ路線の話① - norehero-19の日記


なお、千葉陸軍補給廠は名称が都度変わっていますが、ややこしいので補給廠に統一します。


補給廠線が描かれた地図

下図は、国立公文書館の史料『公文雑纂・昭和十六年・第九十八巻・都市計画二十一』のうち「千葉都市計画北部土地区劃整理決定ノ件」に添付された地図です。
この史料、名前の通り千葉駅から北側の土地区画整理についてのものですが、ちょうど補給廠線が収まる範囲の地図を載せています。

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「千葉都市計画北部土地区劃整理決定ノ件」から加工して転載

地図は東側が上を向いています。右側に旧千葉駅があり、すぐ下に千葉機関区の扇形車庫が描かれています。
弁天町の綿打池を左右に通る線路は鉄道連隊演習線で、下志津支線が分岐しています。

総武本線から分岐して「松波町」に分かれている線路が補給廠線です。この線路をよく見ると、総武本線とは完全にくっつかず、並行しながら旧千葉駅と扇形車庫の間にある「軍用千葉駅(□)」で鉄道連隊演習線と接続しています。

この地図からも、補給廠線は旧千葉駅ではなく、軍用千葉駅を拠点にしていたことが分かります。


ちなみに、すでにいろいろな地図を載せているのでご存じだとは思いますが、この地図のように軍事施設を空白にして何も描かないことを「戦時改描」といいます。
この地図の場合、鉄道第一連隊や材料廠、歩兵学校など、軍関連施設は全て「無いこと」になっています。真っ白いエリアがあからさまなので怪しさは際立っていますが。
ただ、演習線などの鉄道はきちんと描かれているのは面白いところです。軍所有といえども鉄道は軍事施設ではないということなのでしょうか?


軍用千葉駅≒千葉駅構内軍用ホーム?

第③回は「軍用千葉駅」と「千葉駅構内軍用ホーム」はどの場所を示すのか?という疑問を投げ、前者は鉄道連隊の駅、後者は省線千葉駅(旧千葉駅)に軍の専用ホームがあったのではないか。
と推測しましたが、後者も前者と同じ鉄道連隊の駅のことを指していると感じてきました。

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第③回と同じ千葉駅の航空写真


というのも、『鉄道ピクトリアル』2020年9月号(№977)に、昭和12年(1937年)と昭和36年(1961年)の旧千葉駅の配線図が掲載されており、それを見る限り、鉄道連隊演習線(材修場線)は千葉駅構内線と連絡線一本のみしか接続されていないからです。


ただ、そのまま配線図を転載するのは気が引けたので、廃線略図エディタさん(https://raildiag.uxm.jp/)で両年の配線図を作成しました。詳しい配線図はネットで検索すれば新旧の千葉駅を掲載している方がいるので探してみてください。

昭和12年千葉駅(昭和12年3月) | Railroad Wiring Diagram Editor
昭和36年千葉駅(昭和36年) | Railroad Wiring Diagram Editor


どちらの配線図も補給廠線がリアルに接続されていた戦中時代のものではありませんが、両配線図は旧千葉駅であり、配線自体もほとんど変わっていないことから、当時の様子を知れる貴重な資料です。

戦前も戦後も、旧千葉駅は配線がほとんど変化していなかったことを踏まえると、戦中だけ軍専用の貨物ホームがあったとは考えにくいため、「軍用千葉駅」と「千葉駅構内軍用ホーム」はどちらも鉄道連隊が使用していた軍用千葉駅のことを指していると結論します。


文献に記載された補給廠線

補給廠線は地図や鉄道省文書といった史料にしか登場がなく、本当に実在したのか疑わしく感じる?路線なのですが、実は『松波のあゆみ』(松波町史編集委員会、平成9年7月、ISBNの設定なし)という本に補給廠線について言及している文があります。
「軍用物資輸送の軍軽便鉄道を敷設」(118頁)という項の一節で、ちょっと長いですがそのまま引用します。

戦時中、千葉駅軍用ホームより西へ総武鉄道に平行して、現松波一丁目を過ぎたあたりから右折し、京葉銀行㈱西千葉支店の西側脇より県営住宅に向かう。そして材料補給廠(現轟町経済高校)へと進み、それより犢橋から習志野原鉄道第二連隊へ。

文中、松波の京葉銀行西千葉支店は2020年にみどり台に移転しましたが、現在も西千葉出張所として残っています。また、轟町経済高校は千葉経済大学付属高校のことです。
けっこう特徴的な半円カーブについて触れられていないのは悲しいですが、松波地区ではないため気にしないことにします。

上記の文から、今まで扱ってきた補給廠線は幻ではなく、きちんと地域に認識されていたといえるのではないでしょうか。

2022年に向けて

今年はブログを立ち上げて、へったくそな文章と画像を投稿してきましたが、2022年も引き続き千葉の廃線未成線を取り上げていければと思っています。
構想として、まずは飯岡軌道や小湊鉄道といった未成線を中心に取り上げていき、技術力も向上させたいと思っていますので、2022年もよろしくお願いします。