norehero-19の日記

千葉県の鉄道などについて記します。

鉄道連隊演習線に繋がるアヤシイ路線の話③

「千葉陸軍兵器支廠間陸軍専用鉄道」

3回目はこの路線の正体について求めていきたいと思います。


ただ、鉄道連隊に関しては史料などの情報があるのに対して、
この路線に関する情報は地図程度しかない…。
というより、そもそも存在自体が認知されていないわけで。

いろいろ調べていて、困っていたのですが、
一つだけ、この松波環状線の正体を明かせる史料を見つけることが出来ました。


『千葉駅構内軍用ホーム、千葉陸軍兵器支廠間陸軍専用鉄道敷設ノ件』
https://www.digital.archives.go.jp/item/1939626

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『千葉駅構内軍用ホーム、千葉陸軍兵器支廠間陸軍専用鉄道敷設ノ件』より一部抜粋


これは国立公文書館デジタルアーカイブに登録されている鉄道省文書です。
残念ながら画像閲覧はできなかったので、史料を取り寄せました。


具体的な内容は次項にて記しますが、この史料が存在すること、他に類似する路線も無いことから、千葉駅と兵器補給廠を結んでいた鉄道は補給廠の専用線だったということで間違いないでしょう。

鉄道連隊の演習線ではなかった。半分分かってやっているのでわざとではある


どうでもいいことですが、画像の「近衛師団経理部長 鉄道」と書かれた項目は、通常なら鉄道会社名+鉄道or軌道となる場所ですが、今回は陸軍相手の書類のため、ちょっと面白い表記になってしまっています。


陸軍専用線のデュアルゲージ?

まず、この史料は昭和14年9月16日付にて陸軍から鉄道省に向けて宛てられています。
鉄道敷設の理由は「軍事上ノ必要ニ依リ」…

なんの根拠もなく推測しますが、おそらくは戦争により兵器輸送の需要が高まったこと、習志野線があくまでも演習線であり常設線ではなかったこと、などが専用線を新たに建設する理由になるのではないかと思います。


また、当史料は最終的に昭和15年11月5日付の日付で回されていることから、少なくとも専用線は1940年末以降に建設されたことになります。

1940年代であれば、当記事の①に記載した地図に当路線が描かれていても問題ありません。


なお、この史料で一番期待していた図面は、残念ながら添付されていませんでした。
どうやら「一般図」1枚、「平面図」3枚、「縦断面図」4枚が添付資料として存在していたようです。


次に専用線の「工事方法書」を転載します。

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「工事方法書」『千葉駅構内軍用ホーム、千葉陸軍兵器支廠間陸軍専用鉄道敷設ノ件』より一部抜粋、人名ぼかし

全体的には狭軌の標準的な規格と思えますが、この中で目を惹くのは、「2.軌間」の項に狭軌標準軌が記載されていることです。

項3で単線としているため、専用線は3線or4線軌条で敷設されていた可能性があるわけです。ただ、戦中で果たして100%そうであったかは微妙なところですが。

「8.土工定規」が鉄道省ではなく満鉄の規定に依っているのも標準軌が原因かもしれません。
もしかしたら千葉駅に標準軌の列車が乗り入れていたかもしれないですね。

専用線はどこからどこまでか

また、当史料には専用線の延長についての記載や図面がないため、”どこからどこまで”が専用線であるのか判断できません


まず、「千葉駅構内軍用ホーム」とありますが、これは鉄道連隊の軍用千葉駅を指すのか、省線千葉駅に軍用の専用ホームが存在したのか。

自分としては、”千葉駅構内”という表記から後者だと思いますが、戦前の千葉駅配線図を見たことがないため、断言できません…。
ちなみに下図の通り、2か所は離れているため、どっちでもいいといえばいいのですが、気になる所です。

「軍用千葉駅」は分かりやすく呼称しているだけで正式名称ではありません。史料では”千葉軍用停車場”と記載されているものがあります。「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C01006610900、千葉軍用停車場敷地の一部管理換の件(防衛省防衛研究所)」

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1946年。USA-M58-A-6-210を加工(国土地理院地図閲覧サービス)

また、史料タイトルだけでは専用線に兵器支廠から鉄道連隊習志野線までの区間(穴川の急カーブ)が含まれるのか不明です。

ですが、項6にて最小曲線半径は「160m」とされています。この長さは当記事②にて測った穴川の急カーブと一致しているため、少なくとも習志野線との分岐部までは専用線の規格で建設されているといえます。


というわけで、省線千葉駅から習志野線分岐部までを専用線として、1955年の航空写真に載せたものが下図です。
専用線の名称がずっと安定しないですが、一応「千葉陸軍兵器補給廠専用線」ということにします。また、千葉駅の辺りは適当です。

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USA-M76-14 を加工


今回は史料をもとに「松波環状線」が千葉兵器補給廠専用線であったと定めた訳ですが、
正直、図面が無いなど、若干の不完全燃焼感は否めないです。

ですが、戦中に建設された当専用線に対する知名度が少しでも上がれば、
いつか当時の写真や図面などの史料を見つけることができるのではないかと期待しています。



次回は、この専用線が兵器輸送以外に使用された可能性について考えてみます。